「ジャックはパリ郊外で田舎暮らしをしてて、月に一、二度、ペール・ラシェーズに墓参りに来てくれてたんだそうだよ。
三十年以上もの間、ずっとだよ、信じられるかい?
ジャックってのは、そういう人だったのさ」
「千鶴子さん、ジャックに会えて良かったですね」
舞が涙ぐむ。
「そう、幸運だったよ。
会いたいと思った時に会えるなんて、なかなか無いことだからね。
あたしの最高に幸せだったパリ時代を共に生きた同士は、もうジャックだけだからね。
死ぬ前にどうしても、もう一度会って話をしたかったのさ」
「死ぬって、千鶴子さん、死ぬためにパリに行ったんですか?」
繁徳が驚いて声を上げた。
「まさか。
この歳になったら、何時死んでもおかしくないってことだよ。
特にこんな爆弾みたいな心臓抱えてる人間にとってはね。
それから一週間、ジャックの田舎へ一緒に行って、積もる話をしてね、楽しかったよ。
夜、月明かりの下で歌って、語って、朝日と共に目覚めて。
緑に囲まれたジャックの小屋で、ジャックの手料理を食べて。
もし、あたしがジャックの求婚を受けて結婚していたら、きっとこんな穏やかな暮らしが、ずっと続いたのかもしれないなって。
ジャックはまだ遅くはないよって言ってくれたんだけどね、あたしには日本でやることがあるからって、また断っちまった」
「また求婚されたんですか」
「一緒に暮らさないかってね。
でも、ジャックはわかってくれたよ。
求められる場所があるってのは幸せなことだって。
今度千鶴子に会う時は、きっと天国だなって笑ってた」
千鶴子の目にうっすらと涙が浮かぶ。



