「俺のこと大事に思ってくれて、嬉しいよ。

でも、それで父さんが不幸せなのは心苦しいな」


繁徳の言葉に小さく頷きながら、正徳は話を続けた。


「父さんの会社、定年、五十五だろ。

繁徳が卒業するまで頑張って、少しだけでも早期退職して、父さん、発展途上国かどこか、父さんを本当に必要としてくれる国に行って、水を綺麗にする仕事をしたいと思ってる。

その夢に向かって、今は忍耐の時ってとこかな」


「それでいいの? 父さん」


「嗚呼、お前に対する責任を果たすのも、大事な人生の役目だと思ってる。

ただ、母さんには苦労かけるな。

母さんは父さんが退職後の第二の人生に夢抱いてるんじゃないだろうか?

一緒に旅行に行ったり、ゴルフをしたり、そんな優雅な老後を……」


「そんなことないと思うな。

母さんはきっと父さんに付いて行くって言うと思うよ。

だって、母さん、昔は一緒に研究してたんでしょう?

父さんの研究にかける夢、わかってるんじゃない?」


「まぁな。

だけど、お前が生まれて、母さんは『せっかく女に生まれて来たんだから、母として全力投球したい』って仕事を辞めた。

優秀な研究者だったんだがな。

それからの母さんは、本当に母親業まっしぐらの専業主婦だろ。

今じゃ、もうそれが当たり前って感じじゃないか。

後は、夫が定年退職後の第二の人生を待ちわびてるって、お決まりの構図がチラついてな、

なかなか父さんの夢を切り出せなくて……」