『やっぱり居らん』

果たしてバスボートに人影は無かった。

『落ちたのか』
とも思って辺りを見渡したが、北から寄せる波頭の白い泡しか見えるはずもない。

そもそも
いつから無人のバスボートが自分の『えり』に打ち寄せられていたのか

見当もつかない

老人は一応、自分の漁船を横付けして
主のいなくなったバスボートを一瞥すると

直ぐに港に帰りたくなった


もちろん
事故或いは事件として警察に通報しなければならなかったからだが

それだけではなく

自分が見たものは
何かしら得体の知れない
何か良くないことの兆候である気がしたからでもあった

二の腕の肌が泡だっていたのはそのせいで
有り体に言えば理由もなく『怖くなった』のだ。