駆け足で到着した上階。
異常はより異質でさらに姫君を悩ませるモノへと位を上げていた。

壁につけられた傷跡。
扉があったらしい場所へ、無造作に開いた穴。
床には規則的に並べられた沈み。
そして、その各々に付着する異色の液体。

姫君は、込み上げる焦燥と共に全力を尽くして走った。
先程からココロに満ちるのは“普通”とされる一般的な心配事ではなく────異質ならではの存在に脅かされる圧迫感、その先にある、死の予感。

……そんな大それた予測は振り払ってしまいたかったが、周囲の異変、その未知の恐怖感に気押されてしまう。
とにかく今出来るのは急ぐ事。極力、負の感情を抑え込んでいなければならない。
そうは思っていたが、


“────”


姫君は言葉もなく息を呑む。
王室、その広間への扉を開けた瞬間、眼前に突きつけられたのは拒否を許さない事実だった。

「く……っ、くそ……!」

一つは信じられないモノから、一つは信じたくない事から、姫君の眼前に現実を見失う程の奇妙な空間が作られる。

その中心(原因)に。
暴君の異形と、一人の抗う人間の姿がある。

人間は赤にまみれ、傷は装飾のように散りばめられ、戦意はまだわずかにあるものの、屈伏する姿勢は弱さの極み、敗北の証明。同時に、死へと直結。

対する異形は、巨大だった。
片膝つく人間を見下ろすようにそびえ立ち、自らの強さを表そうとしている。
第一印象は、牛。
力強い堅固な腕に、頑丈そうに膨らんだ身体。まるで闘うことのみに生き甲斐を感じているのようにも見え、二足で立ち上がる様相は尚も人間じみて気色が悪い。
こちらも同時に、死へと直結していた。

なんだろう、という疑問までも引っ込む。異形は誰がどう見ても現実離れしていて、作り物と疑う事も適わない。