逃走劇は継続中。
細かい動きの前方と、真逆の動きの後方。いつまでも終わらない、というのは目に見える事実だった。

「ええい、往生際の悪いヤツだ……! 止まれー! 止まらんかー!」

「知らない、俺は何も知らない! 見てない、俺は何も見てない!」

「見てない────って、貴様何を見たのだー!」

ここで、逃走劇を盛り上げる為か、転機が訪れる。
再び角を曲がった先、その前方には稽古を終えた逞しき青年たちの群れ。各々の手には、それはまた逞しき槍が握られていたりする。
つまりある意味では、バリケードが登場したのだ。

「なんと都合の良い! 頼む、そいつを止めてくれー!」

後方が、好機と言わんばかりに助けを求める。
……当然、突然の出来事に慌てふためく一同。けれど彼らは瞬時に理解し、前方へ逃げる人物へと網のような視線を注がせた。

「うわー、どいてどいて!」

半ばパニック状態の前方。
槍を構え、牽制を謀る兵士たち。
勿論、丸腰の人間を突こうなどという気はないが、常人ならば止まらざるをえないだろう、そう思っていた。

……しかし止まらない足音。
こいつは恐れという言葉を知らないのか、と言いたくなるほど足取りは軽く、勢いを緩めるどころか坂を駆け下る勢いですらある。
さて、どうしたものか、

逃走者は、
ささっ、と一人の横を過ぎ、
するっ、と二人の間をくぐり、
ひょい、と三人の頭を越えて大きく跳躍。

と、バリケードは意図も簡単に突破されたのだった。

「回避回避回避? だから俺は何もしてないってーの!」

……唖然。
皆、その華麗で鮮やかな動きに息を呑む。本当に槍など眼中にない様子で、肝が座っていると言えば、きっとそうなのだ。

よって、再び走り去る逃走者。
先に見えるは正面玄関、に見える扉。実名は異なる呼称であろうが。

そして何の偶然か。
その場には群青色の瞳を泳がせた、明るくも暗い少女の姿があった。

「────」

星の光が風に流れる。

逃走者は少女の横を過ぎ去る。

ほんのわずかな間、時は不思議な出会いに呼吸を止めた気がした。