龍馬! ~日本を今一度洗濯いたし候~

                    
「お八寸というのだ。せいぜい用をいいつけてくれ」
「お八寸です。どうぞよろしくおねがいします」頭を下げる。
 涼しい眼をした、色白の美女である。龍馬のすきなタイプの女性だった。
 ……こりゃいかん。わしがすきになってはいかんぜよ
「龍さんはどうだい? 結婚は……相手ならいないでもないぞ」
「待った!」
 龍馬はとめた。さな子の名がでそうだったからである。

  龍馬がひとを斬ったのはこの頃である。夜、盗賊らしき男たちが襲いかかってきた。龍馬は刀を抜いて斬り捨てた。血のにおいがあたりを包む。
 しかし、さすがは龍馬の剣のすごさである。相手からの剣はすべて打ち返した。
 ひとりを斬ると、仲間であろう盗賊たちはやがて闇の中へ去った。
 腕を龍馬に斬られた男も逃げ去った。
「なんじゃきに! わしを狙うとは馬鹿らしか」
 龍馬はいった。刀の血を払い、鞘におさめた。只、むなしさだけが残った。
 ひとの話しではお冴がコレラで病死したという。お徳より先に、龍馬の初めての女になるはずだった女子である。龍馬は「そうか」といたましい顔をしたという。
 武市半平太はしきりに龍馬に、
「おんしは開国派か? 壤夷派か?」ときく。
「わからんぜよ。わしは佐久間先生のいうことに従うだけじゃきに」龍馬は頭をかいた。 そんな最中、飛脚から手紙が届いた。
 龍馬は驚愕した。父・八平が死んだというのだ。
「どげんした? 坂本くん」武市が尋ねた。
「父が死んだ……みたいです」
 龍馬は肩を落とした。
「それはご愁傷さまだ」武市は同情して声をかけた。「土佐に戻るのかね?」
「いいや。戻らぬき」
 龍馬にはものすごいショックだったらしい。二十二歳になっていた龍馬は、その日から翌年にかけてほとんど剣術修行をするだけだったらしい。逸話が何もないという。