まもなく乙女の旦那、岡上新輔が帰ってきた。かれは龍馬に「おんしは壤夷派か?」 ときく。痩せた背の低いやさ男である。もう四十代のおっさんで禿げである。
また浮気して乙女に箒で叩かれては逃げた。
「違いますきに」この頃の龍馬には『譲夷』など頭にない。
龍馬は気を悪くしながら実家へと戻った。
……あげな男が旦那では乙女姉さんもかわいそうじゃ…
実家にいくと客が来る来る。「黒船はみたか?」「江戸にはいい女がいたか?」
龍馬は馬鹿らしくなって「みとらん。知らん」などといって部屋にもどった。
しばらくするとお田鶴さまがやってきた。
「龍馬どのに会いにきました」
「え?」
「江戸から帰ってきたときいております。黒船のことについてしりとうごさります」
龍馬とお田鶴は部屋で向かいあって話した。世間ばなしのあと、
お田鶴は「汚のうございますね?」という。
「朝から顔を洗ってないですき」
「いいえ。部屋がです」彼女は笑った。
ふいにお田鶴は「幕府など倒してしまえばいいのです」などと物騒なことをいった。
「いかんきに! お田鶴さま! 物騒なことになるき」
「では、龍馬どのは幕府を支持するのですか? 幕府は腐りきってますよ」
「…じゃきに。たしかにわしもこのままでは日本は滅ぶと思うきに。しかし、家老の妹さまがいうと物騒じゃからいわんほうがいいぜよ」
「わたしは平気です。田鶴が、このひとのためなら、というひとがひとりいます。そういうひとがいれば、田鶴は裸で屋敷を駆け回っても、幕府を批判しても怖くはありませぬ」「………それは誰です?」
「そのひとはあまりにも子供っぽくて、田鶴のことなど何とも思っていないかも知れませぬ」田鶴は龍馬の目をじっとみた。そそるような表情だった。
……まさか。わしか?
純粋無垢な少年のような考えを龍馬はもった。お田鶴さまがわしを好いちゅう?


