江戸にいるうちにいつの間にか龍馬は、「おなじ土佐藩士でも、上士は山内家の侍であり、郷士は日本の侍じゃ」と考えるようになっていた。
土佐城への忠誠心は、土佐郷士は薄いほうである。
江戸から戻り、土佐を歩くうちに「なんだ。これなら帰らずともよかったぜよ」と思った。土佐では先の大地震の被害がみられない。地盤がかたいのだ。
龍馬が帰宅すると、「ぼん!」と源おんちゃんが笑顔で出迎えた。
「ぼんさん、お帰りんましたか」
「帰ったきに」龍馬はいった。「おいくりまわりの者(ぶらぶらしている人という意味。土佐弁)じゃきに」
「ぼんが帰りましたえ!」おんちゃんは家のものをよんできた。
家の者に挨拶した龍馬だったが、やはり乙女はいなかった。嫁いだという。
龍馬はさびしくて泣きたくなった。
さっそく龍馬は岡上の家へと向かった。
すると乙女が出てきて「あら? 龍馬」と娘のような声でいった。可愛い顔で、人妻のようには思えない。「いらっしゃい! あがっていって。主人は外出中だけれど…」
「おらんとですか?」
「ええ」
龍馬は屋敷の中に入った。
「姉さんとふたりきりだと恥ずかしいぜよ」
「なんで? 姉弟じゃきによ。また昔みたいに足すもうでもやるか?」
「いや」龍馬はにやりと笑った。「また、姉さんの大事なところをみてしまいそうじゃ」 乙女は頬を赤らめ、「他の女のあれはみとらんじゃろうな?」ときいた。
「いや。もうすこしでみれるところじゃったが、みれんかった」
「龍馬も大きくなったね。そんなことまで考える年頃になったきにか」
「もう二十歳じゃもの」
龍馬は笑った。


