龍馬! ~日本を今一度洗濯いたし候~

         2 黒船来る!





  龍馬は江戸に着くと、父に教えられた通りに、まっすぐに内桜田の鍛冶橋御門へゆき、橋を渡って土佐藩邸で草履を脱いだ。
 藩邸にはすでに飛脚があって承知しており、龍馬の住まう長屋へ案内してくれた。
 部屋は三間であったという。
 相住いの武士がいるというがその日は桃井道場に出向いていて留守だった。龍馬は部屋にどすんの腰をおろした。旅による埃が舞い散る。
 部屋はやたらときれいに掃除してある。しかも、机には本が山積みされている。
「こりゃ学者じゃな。こういう相手は苦手じゃきに」
 龍馬は開口したままいった。「相手は学者ですか?」
「いいえ。剣客であります」
「郷士ですな?」  
「いえ、白札です」
 白札とは、土佐藩独自の階級で、準上士という身分である。   
「わかった。相住むのはあの魚みてぇな顎の武市半平太じゃな」
 龍馬は憂欝になった。正直、藩でも勤勉で知られる武市半平太と相住まいではやりきれないと思った。

  武市半平太を藩邸の者たちは「先生」と呼んでいた。
「なんじゃ? 大勢で」
 顔はいいほうである。
「先生の部屋に土佐から坂本龍馬という男がきました」
「龍馬がきたか…」
「龍馬という男は先生を学者とばいうとりました」
「学者か?」武市は笑った。
「あの魚みてぇな顎……などというとりました。許せんきに!」
「まあ」武市は続けた。「どうでもいいではないか、そのようなこと」
「天誅を加えまする」
「……天誅?」
「ふとん蒸しにしてくれまする!」
 武市半平太は呆れて、勝手にせい、といった。