ところが相手は、声をめあてに上段から斬りこんできた。鍔ぜりあいになる。しかし、龍馬は相手の体を蹴って倒した。相手の男は抵抗せず、
「殺せ!」という。
ちょうど町人が提灯をもって歩いてきたので、この男の顔ば明りで見せちゅうきに、と龍馬は頼んだ。丁寧な口調だったため町人は逃げる時を失った。
「こうでござりますか」
すると龍馬は驚愕した。
「おんし、北新町の岡田以蔵ではなかが!」 後年、人斬り以蔵とよばれ、薩摩の中村半二郎(のちの桐野利秋)や肥後の河上彦斎とともに京洛を戦慄させた男だった。
以蔵は「ひとちがいじゃった。許してもうそ」と謝罪した。
「以蔵さん、なぜ辻斬りなんぞしちゅっとか?!」
ふたりは酒場で酒を呑んでいた。「銭ぜよ」
「そうきにか。ならわしが銭をやるきに、もう物騒な真似はやめるんじゃぞ」
「わしは乞食じゃないき。銭なら自分で稼ぐ」以蔵は断った。
「ひとを斬り殺してきにか?!」龍馬は喝破した。以蔵は何もいえない。
龍馬は「ひとごろしはいかんぜよ! 銭がほしいなら働くことじゃ!」といった。
ふたりは無言で別れた。(以蔵は足軽の身分)
龍馬は、もう昔の泣き虫な男ではなかった。他人に説教までできる人間になった。
……これも乙女姉さんのおかげぜよ。
龍馬は、江戸へ足を踏み入れた。
「殺せ!」という。
ちょうど町人が提灯をもって歩いてきたので、この男の顔ば明りで見せちゅうきに、と龍馬は頼んだ。丁寧な口調だったため町人は逃げる時を失った。
「こうでござりますか」
すると龍馬は驚愕した。
「おんし、北新町の岡田以蔵ではなかが!」 後年、人斬り以蔵とよばれ、薩摩の中村半二郎(のちの桐野利秋)や肥後の河上彦斎とともに京洛を戦慄させた男だった。
以蔵は「ひとちがいじゃった。許してもうそ」と謝罪した。
「以蔵さん、なぜ辻斬りなんぞしちゅっとか?!」
ふたりは酒場で酒を呑んでいた。「銭ぜよ」
「そうきにか。ならわしが銭をやるきに、もう物騒な真似はやめるんじゃぞ」
「わしは乞食じゃないき。銭なら自分で稼ぐ」以蔵は断った。
「ひとを斬り殺してきにか?!」龍馬は喝破した。以蔵は何もいえない。
龍馬は「ひとごろしはいかんぜよ! 銭がほしいなら働くことじゃ!」といった。
ふたりは無言で別れた。(以蔵は足軽の身分)
龍馬は、もう昔の泣き虫な男ではなかった。他人に説教までできる人間になった。
……これも乙女姉さんのおかげぜよ。
龍馬は、江戸へ足を踏み入れた。


