龍馬! ~日本を今一度洗濯いたし候~

  船が出たのは翌朝だった。
 船に龍馬とお田鶴と共の者がのった。「龍馬殿、この中にいられますように」
「いいきにいいきに」龍馬はやかた船の外にいってしまった。好きにさせろ、という顔つきであった。そのあと老女のはつがお田鶴にささやいた。
「ずいぶんとかわった者ですね。噂では文字もろくに読めないそうですね」「左様なことはありません。兄上がもうされたところでは、韓非子というむずかしい漢籍を、あるとき龍馬どのは無言で三日もながめておられたそうです」
「三日も?」はつは笑って「漢字がよめないのにですか?」
「いいえ。姉の乙女さんに習って読めますし書けます。少々汚い字だそうですが」
「まんざら阿呆でもないのでございますね」
 老女は龍馬に嫌悪感をもっている。
「阿呆どころか、その漢節を三日もよんで堂々と論じたそうです。意味がわからなかったようですけれど……きいているほうは」 
「出鱈目をいったのでしょう」
 老女は嘲笑をやめない。お田鶴はそれっきり龍馬の話題に触れなかった。


「わしを斬るがか?!」
 龍馬はじりじりさがって、橋のたもとの柳を背後にして、相手の影をすかしてから、刀を抜いた。夜だった。月明りでぼんやりと周りが少しみえる。
 ……辻斬りか?
 龍馬は「何者だろう」と思った。剣客は橋の真ん中にいるが、龍馬は近視でぼんやりとしか見えない。よほど出来る者に違いない。龍馬はひとりで剣を中段にかまえた。
 橋の向こうにぽつりと提灯の明りが見える。龍馬は、
「おい! 何者じゃきにか?!」と声を荒げた。「人違いじゃなかがか?!」