「胱矢か?」

「え…樋口?」

一瞬、心霊現象かと慄然していた俺は聞き覚えのある声に安堵する。
顔を覗かせたのは樋口 歩。
首下までの栗色の髪を一つに束ねた、唯一サークルで俺と同学年の奴だ。

「よく、俺だって分かったな」

「胱矢の事を、ずっと待っていたからさ」

樋口は腰に手を当てて微笑む。
実は樋口からは驚いた事に告白されている。
告白とは一般的な愛の告白の事だ。
まさか同じ男に告白されるとは信じられず、女性に人気な奴だけに最初はからかわれていると思っていた。
だが、樋口は本気な様で返事はいつでも良いと待っているらしい。
俺なんかのどこに惚れたんだろうか?
確かに樋口は良い奴だけど、恋愛対象としては全く見れない。
樋口のためにも、ちゃんと返事をしないと駄目だと何度も言おうとするが、毎度うまく逃げられている気がするんだよな。やっぱり薄々、答えに気が付いているんだろう。

「ほら、髪が濡れてるぞ」

「じ、自分で拭くって」

待っていたのは本当らしく、樋口は用意していたタオルで頭を拭いてくる。
子供じゃないんだぞと言いかけて俺は樋口に言う。