「なんだ彩、フォンダンショコラ嫌いなのか?」

「チョコレート好きなのに?」

料理長と副料理長が、あたしの怪訝な顔を見て不思議そうに尋ねる。

「や、嫌いじゃないですよ。ただ、カロリーが・・・。」

あたしは慌てて言い訳をする。

「なぁんだ、そんなこと気にしてんのか?若えんだからちゃんと食べろ!」

料理長は、そう言って豪快に笑った。

フォンダンショコラは、もう二度と作らない。もう二度と食べない。
そう決めていた。一種の戒めのようなものだ。

食べてしまえば、なにを思い出すのか、分かっていたから。

あの時の甘酸っぱい気持ちは、あのままであって欲しかった。思い出したりしないで、しまっておきたかったんだ。

でも、料理長に勧められたら食べるしかない。

あたしは仕方なく余ったフォンダンショコラをひとつ取って、小さいフォークを手に取った。

ホールへ戻ると、店長は残ったビールを空けて飲んでいた。その隣へ腰掛ける。

「ビール飲む?」

「あ、いいです。ウーロン茶ください。」

「ほいよ。」

ウーロン茶の入ったコップを渡される。

「夜中に甘いもの食べれるなんて、女子はほんとすげえなぁ。」

生ハムに手をつけながら、店長は呆れたようにぼやいた。

あたしだって食べたくて食べるわけじゃない。

「・・・仕方なくですよ。」

あたしはそう返して、フォンダンショコラを崩して、バニラアイスをつけて、口に運ぶ。