「後もう一本は左腕ね。そのまま我慢していてるんだよ……」

 目を閉じていてくれる事が今の自分にとって救いとなっていることに気付く。

 カバンからもう一つバイアルを足してきて中身を少し取り出し、テーブルの上のバイアルに一度混合する。
 その後、混合したバイアルの中身を取り出す。

「じゃあ左手も射すからね。我慢するんだよ」
 
 血管に針を刺しプランジャを押し下ろす時、思わずレイも瞳を閉じていた。
 
 ピストンが底にあたるのを感覚だけで感じ“終わった”いう変な息をついた。
 アザムには気付かれないように。
 
「大丈夫かな? 痛くなかったかい?」

 そのレイの言葉に首を横に何度か振るアザム。頭を撫でながら話を続けるレイ。

「よし、よく頑張った。けど注射をした時は二日は暴れたり、あまり動いちゃダメだよ」
「え? そうなの……ここにずっと居るのは暇だな」
「けど二日だけは我慢して欲しいな……今持ってる小型ゲーム機と、昼の会議後でよければテレビゲームも持ってくるよ」
「じゃあ、我慢する……」
 
 相変わらずのわがままに見えるが、本当にレイを信じきっている顔をするアザムに、いつもの笑顔で答えるレイ。

「今、君が出来そうなゲーム機はこっちとソフト四つね。カバンに入っている分で今は我慢してね。あと昼食はガルナさんがテーブルに無言で置いていくだろうから――」
「あのね……忙しそうだから残りのゲームは明日でいいよ」
  
 そう言われてアザムの頭を二回撫で部屋を出てゆくレイ。心のどこかで“よかった”と思った自分が居た事に気付いていた。
 
 アザムの顔を見てられなくて嘘をついた……昼の会議は嘘だ。いつもの見回りだけする程度だから。

 それと副作用や拒否反応などしないと確認済みの、麻酔の一種を混入したのだ。
 きっと三十分もすれば一日以上寝てるだろう。


注)
プランジャ
注射器の中筒

ピストン
中筒の下の部分のゴムで出来た部分