―― カツンッ

白い革の編み上げ靴の踵が、固い石畳に渇いた音を立てる。

リディアは顔に掛かるシルクのフードを僅かに上げて、目を細めた。

昔、確かにそこにあったはずの暖かな赤茶色の家々は跡形も無く消えうせ、区画整備されたその工業地区には無機質な鉛色の建物が画一的に並ぶ。


(また大きなビルが建っている・・・。
たった1年なのに、また空が小さくなったみたい・・・)

道の端に美しい水を湛えていた用水路は全て塞がれ、所々に開けられた吹出溝からは断続的に激しい蒸気が立ち上る。

歩道にかろうじてその居場所を保つ街路樹は生気を失い、取り巻く熱気に喘いでいるかのように見える。


(暑いわ・・・。今日って、こんなに暑かったかしら・・・)

リディアは軽い眩暈を覚える。


―― ゴォォォォー

突然、海岸線に要塞のように聳えるコンビナートの巨大な動力炉が、低い叫び声に似た轟音を響かせる。

リディアは思わずフードの上から耳を押さえる。

辺りには、リディアを押しつぶすほどに重く陰鬱な空気が垂れ込めている。

(大地の底から、何かが悲鳴を上げている・・・。
この街をこれ程にさせているのは一体何?! 
胸が・・・苦しい・・・)

リディアは思わず胸元を押さえて立ち止まる。

道を行く人達は皆、リディアを不審な目つきで見ながら足早にその脇を通り過ぎて行くばかりだ。

―― ドンッ!

不意にリディアの腰の辺りに何かがぶつかった。