左腕は残りこそしたものの、傷は癒えてももはや元のようには動かせなくなった。 医者の話では、剣を振るうのはともかく、日常生活を送るのに特に差し障りはないとのことだったので、隼人は不自由も感じず、それで別に構わないと思った。 この後遺症を理由に師範代の話を断ったところ、弥吾郎は少し考えた後、片手で小太刀を振るうのには特に影響もなかろうと言い、引き受けるよう勧めてきて、 結局、隼人はその話を受けた。 隼人が加那との祝言を上げたのは、隼人の傷もすっかり癒えた八月の終わりだった。