【五】
夕刻、隼人のもとに円士郎から呼び出しがあり、何事かと結城家の屋敷を訪ねてみると、昨日喧嘩した妹が今日の昼間に出かけたまま戻らない、何か知らないかと問われ、
心当たりのない隼人が御曹司と一緒に首を捻っているところに、町方の同心見習いの日向志津摩という若者が青い顔をしてやってきて、渡世人からの脅迫状を差し出し、事態は急転した。
このところ捜査を共に進めていた若い同心見習いは、昼間におつるぎ様と一緒に捜査に出かけ、そこでおつるぎ様共々薬で眠らされるという失敗をして、渡世人におつるぎ様をさらわれたと語り──
円士郎に宛てた書状には、差出人の名前こそなかったものの事件の調査から手を引けという内容が書かれており、どう考えてもこの事件の黒幕と睨んでいる渡世人たちからのものだった。
ヤクザの手に落ちた。
隼人の脳裏には、今度こそ加那の事件のことがありありと蘇った。
昨日川から引き上げたあの華奢な少女が、加那と同じ不幸な目に遭わされることを想像して背筋が凍った。
隼人は土下座する日向志津摩を殴りつけ、妹を奪われた御曹司は隼人が初めて目にするような、うろたえ、打ちひしがれた様子を見せたが──
この年若い名家の子息は、最愛の思い人を人質にとられながらも恐るべき精神力で、渡世人の言葉に従って事件の調べから手を引くなど、武士として断じて有り得ないという決断を下し、
そうして刻限が深夜を回った頃、
隼人たちは討ち入りならぬ殴り込みの体で渡世人のもとに乗り込んだのだった。
円士郎は存外冷静で、刃傷沙汰にならないように気を払い、しかし怒り心頭に発した形相で渡世人相手に暴れ、隼人もそれに便乗した。
歯向かってきた渡世人たちの昏倒した体の山を店先に程良く築き上げたところで、親玉の貸元が現れ、
話は奥でゆっくりしましょうかと、穏やかならざる気配を潜ませて提案し、
店の奥の座敷へと案内されるがままに移動していたその途中で、
隼人はその男と遭遇した。
蜃蛟の伝九郎である。



