かげろうの殺しかた


 【三】

免許を受けてより間もなく、

隼人は師匠から、開現流に伝わる「糸遊」という秘伝の剣を教わった。


糸遊とは、陽炎の別名だ。

この二文字の漢字で陽炎と同じように「かげろう」とも読むが、この秘剣はそのまま「いとゆう」と読む。


糸遊の「糸」とは、蜘蛛の糸のことだという。
蜘蛛の子が尻から糸を紡ぎ、風に乗って浮遊する様に由来するのだとか。

陽炎の如く、風にきらきらと光る蜘蛛の糸だけが揺らいで見える。


糸遊は、まさに剣の軌跡が糸のように煌めいて見えるだけで、
触れることが出来ず、
実体を持たず、
相手の刀を擦り抜けて届く秘剣である。



円士郎から蜃蛟の伝九郎について聞かされた翌日、隼人は昼過ぎから降り出した雨の中を、城下を流れる川へと出かけていった。

こんな雨の日に、わざわざ河原に来る者はいない。

いつか加那と並んで座った土手を横目に眺めながら、隼人は人気のない河原に広がる草むらに降りた。


おそらく、蜃蛟の伝九郎を斬るならば、糸遊の秘剣を使うことになるだろうと確信していた。


無論、道場の稽古でも糸遊を試合で使ったことなどないし、実戦で使うのも初めてである。

実際の斬り合いの中でどの程度役に立つのかはわからなかったが、それでもきっと、結城円士郎をして「奴はできるぞ」と言わしめた相手を斬るならば、この剣で立ち向かうより他はない。



(※この先に進まれる前に、「恋口の切りかた」城下魑魅魍魎の章の八節と九節をお読み戴くことをオススメ致します)