「あの、私はなぜ呼ばれたんでしょうか?」
 理由が分からなかった。
 顔を合わせる機会が多いとは言っても、仕事上の必然だし、用事を頼まれることやお願いすることがあっても、夜中にこうして呼びつけられるような心当たりは何も考えつかない。
 女性が夜中に男性の部屋を訪ねる、という行動はほめられたものではない。周囲に知れ渡れば、当然ながら背鰭尾鰭がついた噂が広がってゆくことだろう。
 片や国の騎士団長、片や一介の召使い。
 身分の差も相当なものだ。
「夜伽話をお願いしようと思ってね」
 よとぎばなし。
 それはすなわち、世間一般的にいうところの『アレ』だろうか。
 琥珀色の葡萄酒を片手に、アレクシスは微笑んでいる。
 それはそれは、楽しそうに。
 無邪気な笑顔を凝視したまま、自分の顔が真っ赤になっていくのをモモは察知していた。夜伽とは寝ずにつきそう以外に、もう一つ男女間のあることを示して隠語として使われる。
 なんと答えを返せばいいのか返事に窮した。
「ひぃさまが私に言うんだよ。モモのジパングのお話は、誰よりも面白いし、どんな文献にも載っていない。そして毎晩ぐっすりと眠れるとね。だから一回ぐらい、モモの話を聞かせてもらおうとおもって。ひぃさまが寝付いた後を狙ってみたんだけれど、駄目だったかな」
 全身の力が抜けていく。
 含みのある方ではなく、文字通り、夜の枕元で語られるおとぎばなしをしてみてくれと、そういう話であったらしい。状況が状況なので勘違いしてしまったと、モモは自分の思いこみの激しさを胸中でなじった。
「モモ?」
「なんでもありません」
 首を振って、形だけの笑顔をかえした。
 ふと考え込んだアレクシスが、モモの頬に手を伸ばす。
「……もしかして、こっちを期待した?」
 白磁の親指が、唇をなぞっていく。
 ゆっくりと。
「モモがいいというなら、私はそちらでもかまわないよ?」
 確かめるように。