「失礼いたします」
 アレクシスを伴い、騎士団長は王妃と姫、そして少女の元へと足を運ぶ。
 少女は起きあがり、毛布で身を守るように丸くなって、しきりに何かを話していた。鼻にかかるような涙声。不安に満ちた表情。意志の疎通が図れないことを、少女の方も困惑しきっていた。王妃は困り果て、アリス姫が少女に近づいて「だいじょーぶよー?」と頭を撫でていた。
「様子はいかがですか」
「見ての通りよ、騎士団長。全くダメだわ。少数民族の言葉かと思って、試しに筆談を試みたけれど、どの文法とも違う」
 羊皮紙に墨で記された文字を騎士団長とアレクシスは凝視する。
 文字は次のように記されていた。

【ここはどこ?】

 文字の羅列を、騎士団長たちは全く読むことが出来なかった。
「未開の文字よ」
 王妃はため息を零した。
 アレクシス達の文字は、一般的に『Cymric(キムリック)』と呼ばれている。
 またの名を『Cymraeg (カムライグ)』、『Welsh(ウェールシュ)』ともいい、様々な呼称をもつ。もし少女の文字が【Where is here?】であったなら、少なくとも朧気な意味を伝えることは可能だったに違いない。リリシエルの敵対国の一つに、英語を公用語として扱う国があったからである。
「人間である事は確かなようだけれど遠い場所から来たようね」
「やはり奴隷商でしょうか」
「貴族向けの商品、ね。可能性としては一番高いけれど、放っておくことも出来ないし」
 対処に困り果てた二人を前に、アリスが立ち上がり、言葉を交わせない少女を抱きしめた。
「あたしがおせわする!」