風が寒いと感じだす夏の終わり頃。

天宮 青空(あまみや そら)は赤く染まりだす雲を見上げながら、

塾からの帰り道を歩いていた。


「はあぁ〜」


塾を出てから、三回目のため息。


青空の頭の中は受験という言葉でいっぱいだった。

受験生というものになってしまってから

遊ぶ時間が少しずつ減り、宿題が少しずつ増え、

気のせいか、先生が厳しくなりつつある。

そんなことが青空にとって、ため息をつくような悩み事だったのだ。




――この時までは。







「ママぁ」


不意に小さな子供の声が聞こえた。

青空は上にむいた首を下に戻し、辺りを見回した。

すると、道路を挟んだ向こう側の道に、

目をこすりながら歩く小さな女の子がいた。

子供は嫌いじゃなかったし、

そんな子をほうっておける人間でもなかったので、

近づいて声をかけた。

「こんにちは」

目線があうようにしゃがんだ。

「……」

女の子は涙を手でぬぐいながら青空のほうを見た。

「名前、なんていうのかなあ?」


「…ゆい」

「ゆいちゃんかあ。何してるの?」


「ママとね、お外でね…
お絵かきしてたらね…
ママがいなかったの。」


「そっかぁ。じゃあさ、お姉ちゃんもママ探すの手伝うよ。」




「いい。」




さっきまでの震えた声ではなく、

はっきりとした口調で、

首をぶんぶん振って拒まれた。

「いいの?でも一人で探したら、見つからないかもしれないよ?」

「いいの!いらない。」

女の子は、さっきよりも悲しそうな顔で涙を流した。

「でも…」





「ゆいいいぃぃっ!」




女の子が歩いて来た方向から、女が走りよりながら叫んだ。

その女の左手には赤や黄色の絵の具がついていた。

右手にはなぜか、

日の光を反射させる木工用のはさみが握られていた。