自ら命は断てない。
それが彼女の願いであり
遺言なのだから――
「そう……ね」
見知った顔の彼女はそう言うと
オレと一緒に歩き出した。
波の音も
潮の香りも遠くなる。
はたと立ち止り
見えなくなった海の方へと顔を向けたけれど。
見上げた空はまた灰色の世界へ逆戻りをし
再びオレの世界が閉ざされる。
「幻だ」
「え?」
呟きに驚いたように隣に並ぶ彼女が声を上げた。
「なんでもない」
再び歩きだし、海に背を向ける。
蜃気楼。
幻。
恋しさに
淋しさに
心が招いた幻に違いない。
そう心の中で何度も、何度も呟いて
オレは前を見た。
頬を撫でる風はもう
何も伝えてはくれなかった。



