「分からない」
 
躊躇っているような、微かな呟きで、空気に溶けてしまいそうだった。

「撃てなかったの」
 
言って振り返り、深い色の瞳で、浩之を見た。
 
浩之はその表情に捕らわれてしまって、一瞬喋ることが出来なくなった。
 
いつも、ちょっと希薄な現実感の中で生きている浩之を、今、彼女はちょっと掻き乱した。
 
自分と、現実とを隔てている、硬くて分厚いフィルターをすり抜けて、彼女はちゃんとこちら側に感じられるのだ。

浩之にとっては、スクリーンの向こうの世界から伸ばされた手に、直接触れられているみたいな、不思議な感覚だった。