兄、英樹が自分達の目の前から消えて、もう十年経つ。
 
そんな、生きてるのか死んでるのかも分からないヤツを、母上はずっと心配しているのだ。

そして、自分が忘れないためなのか、オレに忘れさせないためなのか、毎年オレを呼び寄せて、誕生日を祝う。
 
オレの誕生日は、存在すら忘れているようだけど。
 
浩之は、電話のために作っていた、和やかな表情を、露骨に消した。
 
本心からの表情をしていると、電話の声にそれが現われて、母上に見破られてしまいかねない。

だから、母上と話すときは、表情から“作る”のだ。
 
浩之は財布を掴み、ポケットに入れると、鍵を掴んで外に出た。
 
さっき覗いた冷蔵庫には、何もなかった。飢えをしのぐためには、何か買いに行かねばならない。