異常人 T橋和則物語

「俺、救われた。セロンに……すくわれた。俺、楽しかった。このまま死んでも…いい」 空が暗くなり、明るくなり、世界がひっくりかえった。和則が感謝した。救われた…といったのだ。セロンが数か月間抱き続けた和則に対する偏見や侮蔑が胸から流れ落ち、麻痺した指の中からこぼれ落ちた。和則が、救われた、といった。ハッキリと。俺は、和則を救ったのだ!このまま死んでもいい。和則がそういったのだ。彼は自分を愛していたのに、セロンは気付きもしなかった。いまとなっては後悔は遅すぎるだろうか。セロンは生まれてはじめて、自分が人生や敵から受けた苦痛ではなく、自分が他人や和則に与えたに違いない苦痛を思った。自分のことばかり考えていた自分。それを哀れに思った。
 セロンは唇を震わせ、顔をそむけた。振えかえると、和則が大きな心配そうな目で、セロンをみていた。和則。自分の命の恩人。彼の英雄。セロンは自分の顔をすれすれまで和則の顔に近づけて、彼の目の奥を覗きこんだ。
「……なにがほしい?セロン」ふいに和則がいった。
 セロンは涙を流した。俺は、許された。「俺がほしいのは……あんただ」
 それは、堅い愛の絆であった。
 そして、事故はおこった。セロンの運転する車は対向車線にはみだし、トラックと正面衝突した。ふたりは即死だった。
 和則はあの世の人となり、安住の地を得た。セロンのほうはというと、天使失格として仕事をおわれ、人間として地上におとされた。謎の男・緑川鷲羽が神の化身だというのもあとで知った。しかし、あとの祭りだ。しかし、セロンには自信があった。
(和則は、救われたのだ!)
「セロン!」
 ふいに、街をあるいていると女の声がした。それは人間となったミッシェルだった。ふたりは微笑みをかわした。
 何にしてもすべてはこれからだ。道は長い。それは繰り返しくるもので、すべては神様のみぞ知るだ。すべてが夢のような感覚だった。救った人間がいる。恋人もいる。服も、金も、愛も、ある。すべてはこれからだ。
 セロンは、そう思い、微笑むのであった。
                                 おわり