異常人 T橋和則物語



  車に揺られて教会に帰るあいだ中、頻繁に居眠りをしていた和則にとってさえ、その日は長いうんざりするような一日であったようだ。和田アユ子に罵倒され、発作、テレビ事件、診察。長く続く苦悩の日々だった。しかし、すべて”終わった”訳でもない。
 和則は夜になるとテレビのスイッチを切って、眠る支度にかかった。セロンはバスタブに湯をいれてるところだった。和則は歯を磨きだした。和則は歯磨チューブの半量を歯ブラシにつけ、口をあわだらけにしていた。猛烈な勢いで、磨く。顔も、口も、眉も、耳も、白い膜に覆われた。今は”つるっ禿げ知恵遅れじじい”でなく、美少女・魚田みすずの外見であるだけに、異様だった。まあ、”つるっ禿げじじい”でも異様だろうが、これじゃあ美少女に変身した意味がない。
 洗面台も床も、白い塊に覆われ、異様な人物は歯を磨いていた。
「和則!」胃がムカムカする思いで、セロンは抗議した。「やめろ!この馬鹿!」
 しかし、彼は口をあわだらけにしながら、磨くだけであった。
「歯磨きが好きなんだな」セロンが首を振って、呆れた。「どうやって……この馬鹿を救うんだ……??」
 和則は手もとめずに泡だらけになりながら呟きだし、その言葉がセロンの元にも届いた。「俺は救ったぞ。な、セロン」
「勝手にほざけ!」
「1974年12月3日……赤坂中央通りで……トラックから…ウォーター」
 セロンは凍りついた。聞きまちがいではないだろうか。1974年12月3日、赤坂中央通りで…トラックから?「いまなんていった?」激しい目で和則を見て、セロンはきいた。「ウォーター…」和則はたっぷりの歯みがきの間から呟いた。
「いや、その前だよ! 1974年の……?」
「ウォーター」和則はいった。
「そうじゃない。その前のことだ」セロンはきっぱりいった。「1974年の……?」