晩ご飯を食べ終えた後、和彦はソファーに座って、難しい顔をしながら何かの書類を見ていた。
私は明日の入学式のピアノ演奏の練習をしていた。
私はピアノを弾いてる時は周りが見えなくなる。
ピアノの音以外、耳に入ってこなくなる。
自分の世界に入ってしまう癖があった。
自分の中では、そんなに時間が経っていないだろうと思っていても気付くと何時間も経っていることもあった。
今日もピアノに没頭していた。
自分の耳には、ざわめきも何も聴こえない。
ただ聴こえるのはピアノの音だけ。
その時……。
「ひゃっ!」
突然、後ろから和彦に抱きしめられた。
ピアノを弾いていた手が止まり我に返る。
「紗英……」
和彦が私の首に顔を埋め、囁くように名前を呼んだ。
「和彦?」
「紗英が欲しい……」
そう言われて、胸が高鳴る。
和彦からのメールや電話があった時とは違う胸の高鳴り。



