彼は或る扉の前で立ち止まる。然して(そして)厳かにノブを引いた。
彼は手招きをして私を誘う。
私は其れに唯黙って従い部屋に足を踏み入れた。
矢張り此の部屋も宏大だ。私は静に首を回して見渡した。
長いテーブルには薔薇が散らしてある。ジャメヴュだ。朱い薔薇が逆に新鮮に見える。
真っ白なテーブルクロスが引き立て役を買って出て。
洋卓の上に並べられているのは魚介類や鶏肉がふんだんに使用されたパエーリャ。
トマト、玉葱、ニンニク、キュウリ、パン等に酢とオリーブ油を加え、擦り潰したガスパチョだった。
――彼は西班牙(スペイン)料理が好きなのかしら。其れにしても真冬にガスパチョだなんて。加えて猫舌なのかも。
熱とは相容れない、如何にもだ。
何時の間にか私はそんな事を考えられる程の平常心を取り戻したらしい。
私が座ろうと為ると、彼は黙って椅子を引いてくれた。
――教養が深いのね。
「コッペリア。どうぞ、お食べなさい。」
私は一瞬迷ったがスープスプーンを手に取るとガスパチョにスプーンを浸した。唇が、躯が其れを渇望しているのを感じたからだ。

