私と壱さんが出逢ったのは、3年前の梅雨の頃。
その時の私はまだ小学生。
学校からの帰り道。その日はたまたま遠回りをして帰っていた。
――ピィ…ピィ…
静かな通りを歩いていると、そんな小さな鳴き声が聴こえた。
消え入りそうな程か細い鳴き声だったのに、何故かはっきりと私の耳にはその鳴き声が届いたのだ。
私は立ち止って辺りを見渡した。小さな声を頼りに視線を彷徨わせると、地面を蠢く黒い塊が目に入る。
少し怖かったけれど、よくよく見てみるとそれはツバメの雛鳥だった。
地面に身体を引きずっているこの雛鳥が、どうやら鳴き声の正体のようだ……。
視線を地面から上に向ければ、そこにツバメの巣が見える。
"北大路"と書かれた表札が掛かった屋敷の玄関の上に、それは作られていた。
どうすればいいのだろうかと数秒考えた。
か弱く鳴き続ける雛鳥の姿を見てしまっては見て見ぬふりも出来ない。
少しの抵抗はあったけれど、私は雛鳥を地面から掬い上げた。肌には小さな命の震えが伝わってきた……。
助けを求めて、私はその家の玄関の戸を叩いた。
「なんだ……」
低く冷たい声がした。
この家の主の声だった。
白髪のお爺さん。
鋭い目つきが、少し怖かった。
「雛が巣から落ちちゃったみたいで…」
そう口にすると、老人は私の手の中にいる雛に目を向け、そして一言…
「馬鹿が……」
私に向かって冷たくそう言った。
「そいつをどうするつもりだ」
「どうするって…、巣に帰して……」
「死ぬぞ」
私が全て言い切る前に、老人はそう口にした。
「お前が触れたせいで人間の匂いが付いた。
巣に戻したところで、親鳥はそいつに餌をやったりしねぇ」
――いずれ死ぬ。
静かに言い放たれたその言葉に、膝が震えた。
「どう…すれば…」
「中途半端な情けで手ぇ出したのはお前だろう。
自分で考えな……」
「そんな…っ」
酷い。そう思った。
しかし老人はそんな私を無視して、家の中へ入ってしまった。
暖かく感じていた空気が、一気に冷たくなる。
――ぽつり、ぽつり…
雨が降り出した。