「今日ね、学校で先生に"煙草吸ってるのか"って怒られちゃった。

壱さんの煙草の匂いがね、私にも染み付いちゃったみたいなんだ」

夕飯を食べながら、今日学校で起こった出来事を話した。
私の話に壱さんは興味もなさそうに味噌汁を啜り、椀から口を離すと静かに呟いた。


「嫌ならもう来るな」

「嫌なんて言ってないよ。

むしろ嬉しかったんだ。
好きな人の匂いが自分からもするって素敵なことでしょ」

微笑みを付け加えながらそう答えた。色を含んだそのおべっかに、壱さんは顔をしかめる。



「…こんなジジイ相手に欲情するんじゃねぇよ」

「壱さんはまだ若いよ」

「もう七十過ぎのジジイになに言ってやがる……」


壱さんはそう言って私の言葉を撥ね付けた。

確かに壱さんはもういい歳したお爺さんだ。
髪は真っ白で、肌には皺が深く刻まれている。

…けれど、ピンと伸びた背筋や仕草、堂々とした口調は、若々しい印象を与えるのだ。



「壱さん、好きだよ」

食卓を挟んで告げた告白に、壱さんは面倒くさそうに溜め息を吐いた……。


「馬鹿が……」

「本気なのにそんな言い方酷い…」


これは何度目の告白だろう……。
壱さんはいつも私の言葉を撥ね付ける。


普通に考えれば確かにこんなお爺さんに惚れた私の方がおかしいのかもしれないけれど、私をそんな風にしたのは壱さんだ。


「少しくらい受け入れてくれたっていいじゃない…」

そう文句を言えば、壱さんはまた深い溜め息を吐いた。


「なぁ茜よぉ…

好きだのなんだの、そんな言葉は安売りするもんじゃねぇよ」

「…ジジイの説教なんて聞きたくない」

此の手の説教じみた話はもう聞き飽きた。
私だって、好きだの嫌いだの簡単に口にする人間でもない……。


「好きだって言ってるのにちゃんと聞いてくれない壱さんが悪いんじゃん」

「ガキの我が儘なんざ聞きたくもねぇな」

「……」

厭味たっぷりにそう吐き捨て、壱さんは静かにお茶を啜るのだった……。