突然、体を引き寄せられた。涙で滲んだ視界を体で塞がれる。
感じられるのは、
どちらともわからない心臓の音と、波の音。
潮の匂いと、煙草の匂い。
そして、壱さんの着物の感触だった……。
「いち、さん…?」
「お前は温けぇな…」
弱々しい力で壱さんは私を抱き締め、静かにゆっくりとそう口にした。
「……なぁ、
あの時のツバメの雛鳥、覚えているか?」
「当たり前だよ…」
だって、あの日の出来事がなければ、私は壱さんとこうして居ることもなかったのだ。
「あれは幸せだっただろうな」
壱さんはぽつりと呟いた。
「え…?」
「温けぇお前の手の中で死ねたんだ」
――幸せだっただろう
壱さんは寂しそうにそんなことを言った。
「……壱さんが死ぬ時も、私が抱き締めてあげるよ」
いつもの調子でそう言い、私は彼を強く抱き締めた。
壱さんもいつもの調子でくくっと喉を鳴らして笑う。
「ありがとよ。
……だがな、俺は温かいのも眩しいのも苦手でな」
――冷たい…陽の当たらない方が性に合ってる
そう呟いて、壱さんは私から体を離した。
「…茜、ここでさよならだ」

