つくつく法師が鳴き始め、夏の終わりを告げていた……。
故郷の海に連れてってやると壱さんが言った。夏休み最後の日のことだ。
壱さんがこんなことを言い出すなんてなんだか不思議だった。
もしかすると、最後の思い出を作ろうとしてくれたのかもしれない……。
知らない土地に向かって伸びる線路の上を、鈍行電車が走る。
人気の無い小さな駅に着くころには、空はもう夕方の手前の色になっていた。
駅を出れば、潮の匂いがした。
すぐ近くの大きな坂を下ったところに砂浜が続いていて、その先には果てしなく海が広がっていた。
「…風、強いね」
「あまり近づくな…、波に攫われるぞ」
「はーい」
強い強い風が吹いていた。海は大荒れで、波の飛沫が風に紛れて飛んで来る。
壱さんの煙草の煙が潮風に掻き消された。
「もっと天気のいい日に来たかったね。
ねぇ、次は晴れた日に来ようよ……」
「……次なんてねぇさ」
壱さんがこう返事をすることはわかっていた。
ただ、それでも私は次の約束が欲しかった。これで終わりにならないように……。
「えー、壱さん相変わらずつれないねー」
そう言って笑い飛ばした。壱さんの顔が見れなくて、海を見つめた。
「泣くな、鬱陶しい」
「……っ、壱さんのせいじゃん」
いつものように、泣いてないって強がりはもう出来なかった。
「……これで、さよならなの?」
「あぁ」
顔は見れなかったけれど、壱さんが静かに頷いたのがわかった。

