もっと陽の当たる場所へ

「壱さん駄目だよ。洗濯物干すんだから…」

「構いやしねぇよ」


そう言いながらふーっと吹き出された白い息に、彼の白い髪が揺れた。


壱さんを色で現すとするなら、それはきっと白だろう。

透けるような白髪に、もう何年も陽に当たっていないような白い肌。そして瞳の色さえも酷く色素が薄いのだ。

……それはまるで、いつも纏っている煙の色に染まってしまったかのようにも思えた。



「壱さん、そんなに口寂しいならさ……」


――キスしてあげる

私は耳元でそう囁きながら、彼が咥えていた煙草を奪った。
壱さんが何か言おうとしたみたいだったけれど、それより先に私がその枯れた唇をキスして塞いだ。

唇と唇をただ重ねるだけのキス。

言葉が消えた部屋のなかに聴こえるのは、ラジオから流れてくるニュースだけ。せっかくのキスなのに、雰囲気も何もあったものではなかった。

壱さんの身体に染み付いた煙草の匂いが、私の鼻孔をくすぐる……。

苦く、それでいて熟れすぎた果物のような、べっとりとした甘ったるい匂いがした。直接味わってみたくなって舌を伸ばそうとすると、壱さんはそれを拒むように私を引き離した。


「調子に乗るなよ、クソガキが」

「キスぐらい良いじゃん、クソジジイ」

同じような調子で返すと、壱さんは鋭く私を睨んだ。


「…茜、いい加減にしろよ」

「ごめんなさい」

口ではそう素直に謝ったけれど、私は嬉しくて笑っていた。
なぜなら壱さんが、私の名前を呼んでくれたからだ……。

「おい、さっさと返せ」

壱さんは私に奪われた煙草を取り返そうと手を伸ばした。


「駄目だってば」

拒むように煙草を持っていた手を引いた。その瞬間、煙草の灰が零れ落ちて私の指にかかる。

「熱っ…!」

「自業自得だ」

悲鳴を上げる私をよそに壱さんは平然と言い放った。そして、この隙に煙草を奪い取り、私を見てせせら笑った。


「赤くなってる。痕になっちゃうかな…」

「そんなもん唾でも着けときゃ治る」

壱さんの言葉に、私は自分の指の赤くなった部分に口を付けた。

熱く麻痺した指先とは裏腹に、降り出した雨のせいか、空気の温度は徐々に下がっていった……。