――もう63年か…



暑さが続くある日のこと。

珍しく自分から口を開いた壱さんは、静かに言葉を零した……。


その言葉は、私にではなく、自分自身に投げ掛けた言葉だった。


何が?とは聞かなかった。

ラジオから流れている言葉は、今日が広島に原爆が投下された日であることを告げていたから、63年という言葉の意味はなんとなく理解できた。

ラジオの音を邪魔するように、風鈴が風に揺られながら音を奏でる。
縁側に年中吊るされたままのそれは、本来の役割を果たそうと暑苦しい風に揺られては涼しげな音を鳴らしていた。


「…壱さんは、兵士だったの…?」

そう訊ねてみると、珍しいことに壱さんは私の言葉に答えてくれた……。


「いや。俺の家は漁師だったからな……

あの頃は喰うもんなんてほとんどねぇから、兵士として戦に立つより漁師として海に出るように言われた」

「ラッキーだね」

「馬鹿。

どっちにしろ、親父もお袋も戦争で死んだ……」


いつも通りの口調なのに、その言葉はなによりも重く、そして怖かった。

なにも考えずにラッキーだなんて口にしてしまったことに私は後悔する。


「ごめんなさい」

「お前が気にするようなことじゃねぇ」

「うん……」


気まずい沈黙が訪れかけたその時、ラジオからは黙祷を捧げることを呼び掛ける声が流れたていた。

壱さんが瞼を伏せたのを見て、私も同じように瞼を閉じた。