高校3年生の夏。
私は彼の家に向かって歩いていた。思い出せる壱さんとの記憶を一つ一つ思い出しながら。
3年ぶりに歩く道は、見える景色が少し変わっているけれど、それでも懐かしかった……。
「なにしに来やがった」
「壱さんに逢いにきたんじゃない」
3年ぶりだというのに、壱さんは相変わらず笑顔の一つも見せてくれやしない。
「よかった。壱さんがまだ生きてて…、安心したよ」
「うるせぇ」
私の言葉に壱さんは不機嫌そうに顔を歪めた。こんなやり取りも懐かしくて、私は嬉しくなって笑った。
家に上がり込むと、廊下の床が軋んで音を立てる。
煙草の匂いが染み付いた部屋、ささくれ立った畳に、吊るされたままの風鈴、古びたラジオもまだ健在していた。
「お前、なにしに来たんだ」
「壱さんに逢いに来たに決まってるじゃない」
「……学校は?」
「もう夏休みだよ」
「そうかい……」
壱さんは面倒くさそうに溜め息を吐いた。
たくさん話したいことがあったのに、私はなにも話し出す事が出来なかった。もう一度こうやって彼の側に居ることが出来ただけで満足だった。
「学校は楽しいか」
壱さんが私に訊ねた。
「…平凡過ぎてつまらないよ。でも、ちゃんと授業には出てるよ」
「そうか…」
私の答えに、壱さんは満足したようにそう呟いた。
「ねぇ、しばらく泊まってもいい?」
「……駄目だって言っても聞かねぇんだろ?」
「うん」
笑顔で頷くと、壱さんは面倒くさそうな顔をして静かに煙草を吹かした。
懐かしい匂いに、私はまた笑みを零した……。