壱さんの言う事は正しかった。
町を出ると決めたのは私自身なのだ。
……それなのに、なぜか私は壱さんの言葉に酷く傷ついた。
「…壱さんの馬鹿っ」
精一杯の強がりで口にしたその言葉は、震えていた。
泣きたくないのに涙が零れそうで、手の甲で溢れそうになった涙を拭う。
「泣くな、鬱陶しい」
「……泣いてないっ」
言い返しながらも、涙はぼろぼろと溢れて畳に落ちる。
感情が沸騰したかのように蓋が出来なくなる。
自分でもわけのわからない涙が次から次へと溢れ、とうとう止まらなくなってしまう。
「泣くなら出てけ」
いつまでも泣き止まない私に業を煮やした壱さんは、そう言って私を外に放り出した。
…こんなこと、前にもあった気がする。
壱さんと出逢ったあの日も、泣いていた私は今と同じようにこうやって家から追い出された。
私が壱さんと過ごした時間は長かったけれど、後になって鮮明に思い出せるのは、この日の出来事と、出逢った日の出来事だけだ。
他の日々は、どうにも霧がかかったような曖昧な記憶しかなかった。

