……その時の出来事が、壱さんと私との出逢いだった。
その日以来、私は老人の家へ訪れるようになった。
もちろん最初は好きだとかそういった感情は抱いていなかったし、自分のお爺ちゃんのようだと思ったわけでもない。
ただ無性に逢いたくなる時があったのだ。
会って話したい。話を聞きたい。…そう思わせる人だった。
老人の名前は、
北大路 壱助
北大路も壱助も長いので、私は彼を壱さんと呼んだ。
最初の頃は露骨に嫌そうな顔をした壱さんだが、月日が経つうちにそれもなし崩しに受け入れてくれた。
……そうして季節を重ね、中学生になった今では、こうして毎日のように私は壱さんの家で過ごしている。
「壱さん、あのね…私、中学卒業したら、この町離れるんだ。
高校が遠い場所だから、寮に入ることになったんだ……」
「そうか」
「寂しいって思った?」
そう訊ねると、壱さんは鬱陶しそうな顔をした。
「馬鹿言え」
「酷い」
寮へ入ってしまえば、もうずっと逢えなくなる。高校を卒業した後も進学を望めば、きっとこの町に私は帰って来ないだろう。
今生の別れにもなりえるのだ。
それなのに壱さんは相変わらずの言葉しか口にしない。
「ねぇ、町を離れるまでずっと壱さんの家に居させてよ。ずっと逢えなくなるんだからさ……」
いいでしょ?と私が最後になるかもしれないお願いを口にすると、壱さんは静かに息を吐いた。
「駄目だ」
白い煙と一緒に冷たい言葉が吐かれた。
「どうして?最後なんだから…」
「町を出るのは、お前自身が決めたことで、お前の都合だろう……。
だったら俺には関係のねぇ話だ。自分勝手なことばかり言うな」

