部屋の片隅に置かれた古びたラジオからは、天気予報が流れていた。


「…雨、降るみたい」

ラジオから聴こえてくる言葉をそのまま目の前の老人に向けて口にすると、老人は興味もなさそうに静かに煙草を吹かしていた。

「洗濯物取り込んで来るね」

そう言って私は立ち上がったけれど、その言葉にも老人からの返事はない。


襖障子の戸を開けて広縁に出ると、年がら年中吊るされたままの風鈴が風に揺れてリンと鳴る。

風鈴を鳴らす風の中に、雨の匂いが微かに混じっていた。
煙草の匂いで気が付かなかったけれど、雨はもうすぐそこまで来ているようだ……。


今朝干した洗濯物は、まだほんのりと湿り気を残している。

部屋の中で干し直そうと思い、一旦籠に取り込んで部屋に戻ると、煙草の臭いが鼻についた。


「…壱さん、洗濯物干すから煙草やめて」

私がそう声を上げると、その老人‥壱さんは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「洗濯物に匂い付いちゃうよ」

続けてそう言うと、壱さんはしぶしぶと言った様子で煙草の火を灰皿で揉み消した。


「ねぇ壱さん、良い機会だからさ、これから禁煙してみようよ」

洗濯物を干し直しながら、壱さんに向かって私はそう提案した。


「馬鹿言うんじゃねぇ」

「でも、身体に悪いし、長生き出来ないよ」

「この歳まで生きたんだ。充分長生きしただろうよ」

そう言って壱さんは私の言葉を馬鹿にしたように笑い、新しい煙草にマッチで火をつけた。


…禁煙しようと口にしたばかりだけれど、私は煙草にマッチで火をつける彼のこの仕草がどうしようもないくらい好きだ。

煙草の匂いも、火の消えたマッチ棒から漂う焦げた匂いも、全てが愛おしいと思える程に……。