「…ん……。」

呼吸をする為に一瞬だけ離れた唇。
その隙間から漏れた私の小さな声にアカネは瞳を見開いた。


「ぁ……っ。」





………アカネの声は、少しだけ震えていた。



ゆっくりと私から離れて背を向けるアカネの姿に私の世界は一変する。
引き戻された現実は私を容赦なく追い詰めた。



今、私達は何をした?


そんな愚問をもう一度自分に問いかけ、全身から血の気が引くのを感じた。
仕掛けてきたのはアカネなのに……。
私には彼女を責める事が出来なかった。


だって………、私、嫌じゃなかった……っ。


自分の中に産まれた浅ましい気持ち。
それはとても罪深い想いだと心の何処かで認識していた。
だからこそ彼女にそれを見抜かれ嫌悪されるのが酷く恐ろしかったのだ。

その場に崩れ落ちた私は顔を上げる事が出来なかった。
視界を占めているのはワックスが施された木製の床。
私の手は小刻みに震えていた。



―――どうしよう…、アカネに嫌われる―――っ…。



そう思った瞬間…、私の瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。


【アカネに嫌われる】

その事実は私を震え上がらせた。
心が凍ってしまうかのように辛く悲しい…と思ったんだ。
でも…どうして??

彼女は大事な親友で失いたくなくて――


私の中に芽生えた小さな疑問。
その答えに辿りつく為に思考回路を巡らせようとした時だった。
不意に頭上より聞こえた声に顔を上げる。



「何座り込んでんのよ。ほら、帰るよ?」
「ぇっ…。」

…それは、実にあっさりとした口調だった。
平然と何事も無かったかのように帰り支度を整えていくアカネの様子を目の当たりにした私は言葉を失う。
困惑が…、不安が…思考回路を支配していた。