ヒーロー先生

千理先生によると今日は野球部顧問の会議の関係で野球部は午後６時終了と普段より早めのメニューらしく、一方の旧野君はバットやグローブなどを保管している倉庫に鍵を掛ける仕事を任されているようで最後まで残っていることが少なくないらしい。
まだ柔らかいが風が頬を掠める中僕はグラウンド付近を散歩していた。散歩する理由は特に無い。ただ何となく、そう本当にただ何となくだ。グラウンドに居る人数が徐々に減少し閑散と変化していく様子を僕はただ眺めながら歩く。と、足元に小さな何かがあたる感覚を覚える。首ごと視線を下に移動させると砂に汚れた野球ボールが落ちていた。拾い上げ人数の少ないグラウンドを見渡すと倉庫付近に１人の男子生徒が居た。汚れた野球部のものであるフォームに身を包みバットを整頓しているように見える。僕は小走りでその男子生徒の元へ目指した。因みにそのボールは決してその辺に転がってきたボールを数成先生が僕の足元へ用意していたわけでは無い。決して無い。

「あの」

僕の問い掛けに振り返った男子生徒は不思議そうな表情で一拍置いてから優しい表情で「何か」、と答えた。僕は落ちていたことを告げ野球ボールを彼に差し出した。頭を下げ礼を言う彼に流石野球部だとか礼儀が成ってるとか適当に頭の隅っこで考えながら「旧野先輩ですよね？」と僕は尋ねた。

「え、あぁ、そうだけど」

軽く動揺する彼にに前々からファンだったことを僕は話した。僕の別の高校の友人が野球に興味が有り旧野先輩の野球に惚れて野球を始めたことを話すと少し照れくさそうに彼はまた礼を言った。因みにこの先輩の名前はその他校の友人に聞いたのが初めてであり決して彼を片思いしている女子生徒から聞きその恋愛成就の為に今会話をしているわけでは無い。決して無い。

「僕は１年Ａ組の阿藍と言います。お手伝いしますよ」

既に数少ないが付近に落ちていたボールを拾い籠に入れる。笑顔で応答する先輩は改めて印象が良かった。

なんとこの偶然を機に僕と旧野先輩は友人になることが出来たのだった。因みにこれは偶然と見せかけた策略だったりはしない。決して無い。