俺は走っていた。

教室を飛び出し一目散に徹の家を目指す。

嘘だ。
そんな事。
俺は信じない。


担任の言葉が脳裏をよぎる。

「昨日の夜の帰り。歩道に突っ込んできたトラックに……。」

そんな。
昨日はあんなに元気だったじゃないか。
俺に「また明日って」。


俺の頭は真っ白になっていた。

何度も徹の携帯に電話する。

その電話には当然のように誰も出ない。

「どうか悪い夢であってくれ。」

俺は心から祈った。


徹の家に着いた俺は、肩で息をしながら、チャイムに手をかけようとした。


俺の手がふいに止まる。


怖い。
現実を見るのが。
徹が生きているといつまでも信じていたい。


でも本当はわかっているんだ。

担任が嘘を言うはずはないし、これはまぎれもない現実だ。

でもそれを認めてしまったら何かが壊れてしまいそうで……。

失うものが自分にとってあまりにも大きすぎて…。

怖い。

徹。お前が俺ならどうする?

こんな現実を受け入れる事ができるのか。

俺は小さくため息をつくと静かにチャイムを押した。

俺は、しばらく玄関から出てくる誰かを待つ。

長い。

その誰かを待つ時間はまるで永遠のように長かった。

しばらくすると、玄関から一人の女性が出てきた。

見覚えのあるその顔。

目は腫れ、髪はボサボサ。その姿は本人のものとは思えないが、それは紛れも無く、徹の母「美里(みさ)」の姿だった。
俺にかける言葉は見つからない。

彼女の乱れた姿を見た時、
一番心の底から悲しんでいるのはこの人である事がわかってしまったから。

俺も心の底から悲しい。今すぐこの場で泣き崩れたいほどに。


でも一番の被害者であるこの人の前で悲しい顔をするわけにはいかない。

そう思う自分がいた。

「富塚君…。」

彼女は俺の前で大粒の涙を流していた。

俺には何もできない。

何も…。