徹の家。

俺は玄関の前に立ち尽くしていた。

俺は何をしているんだろう。

雅樹。

徹。

俺は誰かになぐさめてもらいたかった。

行き場のない自分の気持ちを。

でもその相手が徹の母なんて。

俺は何を考えている。

徹の母を慰めるのがお前の役目だろ。

役目だろ…。

でも、俺にはもう悩みを相談する友人もいない。

家族には、ずいぶん前から見限られている。

両親とはもう会話もない。

俺は一人だ。

俺は玄関のチャイムを押そうとする。

俺は。

俺は…。

俺の手が止まる。

ここは徹の家だぞ。

なのに俺は彼の母に会うためにこの家を訪れようとしている。

徹の供養ではなく、彼女に会うために。

最低だ。

徹を口実に彼女に会うなんて。

帰ろう。

最低の人間になる前に。

俺は反転する。

「富塚君?」

帰ろうとした俺の前には、買い物袋を持つ彼女の姿。

俺はその姿を見てなぜか安心する。

「富塚君。その怪我。」

彼女は買い物袋を地面に落とし、俺に近寄る。

目の前に彼女がいる。

その顔はしわ一つなく、とても30代後半とは思えない。

美人と言うよりは幼い顔立ちで身長は俺より小さかった。

「こんな怪我たいしたことないですよ。」

俺は少し頬を赤らめ、下を向く。

「早く、部屋に入って。手当しないと。」

彼女は強引に俺の手を引っ張る。

彼女はそのナリに似合わず、強い一面をしっかり持っていた。

今までの苦しい生活がそうさせたのかもしれない。

彼女が22歳の頃、旦那は幼い徹と妻を残し、急死した。

後で聞いた話だが、その死にはヤクザが絡んでいたらしい。

家には旦那の多くの借金だけが残った。

彼女はそれから、水商売を始める。

女手一つで、借金を返し、息子を養うには金が必要だった。

彼女に手を引かれ、俺は家に入る。

気のせいか、彼女の頬も赤らんでいたような気がした。