泣きつづける母親とその光景を見守る俺。

その時間はしばらく続いた。

「徹を見てあげて。」
彼女が俺に言った。

「………。はい。」

俺は、正座で痺れた足をひきづりながら徹に近づく。

こんなに悲しいのに、足は痺れるんだな…。

その痛みは、俺が今ここで生きている現実を教えてくれているようだった。


横たわるその人に近づいた俺は、彼女の同意を得て、顔にかけられていた白い布を取る。


その布の下から出てきた顔は間違いなく、徹のものだった。

徹…。

信じられない。

これが昨日まで生きてきた徹なのか?


その顔は想像していたような安らかなものではない。

苦しんでいるものでもない。

表情の無いもの。

まるで無表情の「物」になってしまったように…。

その顔は徹の物だが、生きていた形跡が感じられないのだ。


以前どこかで聞いた事がある。

生き物には魂があると…

体は魂の器にすぎないのだと…


だとしたら、これは徹だったもの。

魂はもう無い。


もう徹はここにいない。

触れた徹の肌は想像していたものより冷たく、その冷たさは俺に徹の「死」を確実なものだと認識づけた。


今わかった…。

これが「死」なんだ。

今までの友情とか思い出とか関係なく。

ただ受け入れるしかないもの…。

様々な想いの中、俺は思う。

これから
俺のするべき事は、

徹だったこの死体に対してではなく、

向こうの世界に行ってしまった徹に対して、

できる事。


家の外に出た俺は空を見上げる。

空のどこかに徹がいるように感じたから…。

「徹。お前は俺に何をしてほしい…。」

俺の目から一粒の涙が流れた。

俺はその涙を拭う。


悲しむ事はいつでもできる…。

今、するべき事は体を失った徹がしたくてもできない何かを代わりに俺がしてあげる事…。

振り返り、
俺は徹の母のところに一目散に歩いていく。


なぜ子供の俺がこんな大人びた事を考えられたのだろう…。


もし、俺に人の魂を見る事ができたなら、その時徹は俺の後ろにいたのかもしれない。