大事な石に勝手に動き回られた結果、傷でも付いたら一大事である。
「────……」
 だから、ユージンは何かを訴えかけてくる石/意思の言葉には耳を貸さず、デスクの上のベルを鳴らして執事の男を呼び出した。
 隣室で雑務をこなしていた初老の男は、音も無く現れ、慣れた手つきで石を運んでいく。
 今日に限って石はやけに食い下がっているようだが、所詮は宝石。
 執事は丁寧に石を〝引き連れ〟、廊下へと消えて行った。
 勝手に動き回る石を部屋に戻すのも、彼の仕事の一つである。
 宝石は、鑑賞されてこそ価値が生まれる物。
 稀少な物にはもちろん相応の価値が付く物であるが、やはり宝石は美しくなくては意味が無い。
 そのように考えているユージンは、当然あの不思議な石には可能な限りの資金を割り当て、考え得る最大限の保全を心掛けて来た。
 その甲斐あってか、石は他に類を見ない美しさを放つまでになり、事実、彼の屋敷を訪れた者は石の美しさのあまり、必ず惜しみない称賛と溜息を残していく。
 だからこそ、石が勝手に動き回る事は、彼にとって最大の悩みの種なのだった。
 石は石らしく、ショーケースの中でじっとしていれば良いのである。
 先の楽描屋の一件もあり、胸の奥に不快感が残ったままだった彼は、集中力が切れた事を機に、問題の宝石が安置されているべき部屋へと向かった。
 正確には、石を部屋へ戻しに行った執事の男に用があったわけなのだが。
 廊下で執事と擦れ違った際、彼は「最近は石の〝散歩〟が目立つ。部屋から絶対に出すな」と厳命する。
 男は少し眉を寄せたはが、主人に悟られる事はなく、「かしこまりました」という簡潔な答えと恭しく垂れた頭に、ユージンは満足したようだった。
 彼は仕事を再開すべく、さっさと書斎へと戻っていく。
 執事の溜息と、表情に気付きもしないまま──
 執事が呟いた「お気の毒に……」との言が誰に向けられた物だったのか、それは彼自身にしか分からない事だった。