高岡は何十年。
家族の為に生きてきた。

障害児だった天使の様な笑顔の長男が
15才を迎えた夏、

息を引き取ったあとも

次男と末の娘を

最愛なる妻を

支えつつ転職もした。


新しく買い替えた
でもまだ二台目の携帯電話の待ち受け画面も
家族の笑顔で飾られていた。

間もなく高岡に
50才の誕生日がやってくる。

急に淋しくなるものだ。

若い頃のエネルギーなど
体にも
心にも
探さなくては残量がわからない。

高岡は何度目かの転職から
落ち着いた収入と

平凡な家庭が幸せである事を
痛感している。


「古傷が痛むな…」

通勤途中、
登る駅の階段で足を止める。

右ひざがきしむ。

「ったく。年は取りたくないね…」


高岡は
態勢を整え
階段をあがる途中だったのを思い出し

耳に飛び込んだ
電車のアナウンスにあおられ
間に合わせようと
階段を駆け上がった。




次に気付いた時には
ベッドで横になっていた。

「パパ!」

妻が高岡を呼ぶ。

高岡は足の激痛を我慢して
生活していた。

検査では
最近の痛みではない事がわかった。

「パパ。無事でよかった。」

ベッドで横になった高岡に
すがるように涙を流す妻に

高岡は笑顔で答える。

「心配かけたな」


高岡は
昔に事故を起こした時の古傷だ、と妻をなだめた。

転移したガンだとは知らされず
妻は献身的に看病した。


高岡は
気付いていたが
取り乱す事なく
自分の運命を受けとめていた。