「…もしもし?…みっちゃん?」


高岡の手が震える。

高岡の顔が
紅潮するのがわかる。

結花の声だ。


「…結花?どうした?」

高岡は冷静を装い、
耳を澄ませる。

高岡の心臓の鼓動は
高岡だけではない、
結花にまで届いてしまいそうで、

高岡は大きく深呼吸をした。

「…みっちゃん…どうしてる?」

結花の声の奥で
車が行き過ぎていくのが
聞こえる。

「結花、外にいるの?」

病院の待合室で
高岡の長女が産まれた報告を受けた頃、
高岡は病院の時計を見た。
深夜0時を回っていた。

妻と長女に挨拶をして
病院を出た頃、
腕時計を見た。

二時を回っていた。


「…みっちゃん。会いたいの」


電話の向こうで
結花が泣くのがわかった。



結花…


結花…。



…遅いんだ。


高岡は
つばを飲み込み

結花に別れを告げる。


「今日、子供が産まれたんだ。女の子だよ。かわいいよ。俺、お父さんになったんだ。」


結花は
断続的に言葉を発した。

泣き声で話すせいだと
すぐにわかる。


「結花…ありがと。俺を思い出してくれてありがとう。がんばれ。」

高岡は電話を切った。


結花の電話番号を消した。

結花のための着信音も

もう鳴る事はない。

高岡はしばらく
車を発進させる事ができなかった。


結花の声が頭から離れない。

結花との日々が
頭から離れない。



結花は

高岡に甘えた自分を

断続的に声にして
精一杯謝っていた。

“オメデトウ”

その言葉に隠された結花の思いを

高岡は
大切に握り締めて

車のキーを回した。