高岡は入院していた病院の
喫煙所に通うのが
日課となっていた。

タバコの煙が満杯な
窮屈な小部屋には

主(ぬし)の様に
誰もが話し掛ける
“おばちゃん”がいた。

時間を持て余していた高岡には
時間をつぶすには
良い話し相手となった。


「アンタ、結婚する気ない?」

おばちゃんは
突拍子もない事を
いつも言う。

「したいっすねぇ」

高岡も雑談に合わせるすべは学んでいた。



ある時。

おばちゃんを見舞いにきた
“真奈美”

に出会った。

真奈美はおばちゃんの
会社の同僚で
子連れで来ていた
茶髪の女だった。


高岡は数か月の入院生活を終えても
仕事の合間を縫って

時々おばちゃんを見舞った。

時折、居合わせる真奈美と
話が合う事が分かり、

デートを重ね

すぐに真奈美と結婚した。



真奈美は
高岡より一つ年上だったが
バツイチで子供が二人いた。

高岡の理想としては
かなり反した条件を
備えた相手だったが、

高岡の幸せ像には
すぐに当てはまった。

料理がうまかった。

子育てを懸命に
こなしていた。

高岡の話を
すべて受けとめて聞いてくれる様な
安心感があった。

ただ高岡から
結花の話はしなかった。


高岡の中では
触れられない宝箱に
しまってある様な物だった。

真奈美の連れ子は
二人とも男の子で

長男は障害児だった。

言葉が少ない代わりに
笑顔のかわいい子で

高岡にも
すぐに慣れた。

高岡は
大人になれた気がした。

この子がいなかったら。

この子に出会わなかったら。

結花を忘れて生きていく事なんて
出来なかったかもしれない。


結婚一年後、
もう一人の家族を
授かった。

次男と二歳離れて

女の子が産まれた。


真奈美との生活は
幸せの嵐で

高岡は

結花を思い出す事など
なくなっていた。