「ふみく~ん。おいで~。」

「マ~マ~。」

砂場で遊び掛けた所だったのに
鶴の一声ならぬ、
ママの一声で
“ふみくん”らしき男の子が
“ママ”らしき女性の足元へ駆け寄る。


「あら、ふみくん。スコップ置いてきちゃダメじゃない。取ってきて。」

ママがふみくんをなだめるが、ふみくんは首を横に振って
“いやいや”をする。

さっきのママに呼ばれた時の素直な動きは嘘みたいだ。


ママから離れたくないのか?


私は、公園での他愛無い親子の一連の動きから
しばらく目を離せないでいた。


「ふみくん。今度遊ぶ時にもスコップ使うでしょ?」

ふみくんは首を横に振る。

「使わないの?…困ったわね。あっ。そうだ、ふみくん。お砂場までママと駆けっこしよう!早くスコップを拾った人の勝ちよ~。
よ~いどん!」

ママは出遅れたふみくんを振り返りながら、
腕を大きく前後に振って
ほとんど進まない程度の
“かけっこ”をする。

ふみくんは、というと、
満面の笑みで
ママを追い掛ける。

そしてママを追い越した時。

ふみくん、楽しそうだ。

うまいことママの戦略にハマり、ふみくんは自分の手でスコップを拾いあげ、

自慢げにスコップをママに見せ、抱きつく。

「ふみくんの勝ち~!おめでとう!ママ負けちゃったね~
さぁおうちに帰ろっか。」

ふみくんも
ふみくんのママも
楽しそうに嬉しそうに
手をつないで公園を後にした。

私の口元も自然にゆるむ。
私はその二人を目だけで見送ると
ベンチから腰を上げ
コートに付いた
少しばかりのほこりを手で払う。

なんとも豊かな気持ちで両手をグンとあげ
力一杯背伸びしてみた。

その姿勢のまま空を仰ぐ。
手の先に広がったのは
夕焼けに染まる
高い高い茜色の空。

私は生きているんだなぁ。

改めて実感する。

小さな喜びを

大きな幸福、と受けとめ

きっとこれからも生きて行くんだろうなぁ。

初秋の風は少し冷たく感じられたが、
高岡は幸せをありがたく、
深々と感じていた。

高岡充(たかおか・みつる)が、52歳の誕生日を迎える数日前の夕暮れだった。