「松浦先生」

飯野主任の呼びかけに僕は「は、はひっ」と声を裏返しながら返事をした

『先生』なんて呼び慣れない言い方に、僕は呼ばれたと理解するまでに時間がかかった

「2年のクラス担任は1年からの教師がそのまま引き継ぐのがわが校の決まりなんだけど」

飯野主任が、ミニスカートから出ている細く綺麗な足を組みかえた

「2-Cの担任が、急に辞職しちゃったの。理由はわかってるけどね。難しい年頃の女の子たちだから、大変なのはわかるわ」

僕の持っている名簿を飯野主任が奪い取ると、一人の女子生徒を指でさした

「『葉月 さくら』…悪い子じゃないんだけど。無断で学校を休むし、理由を聞いても何も言わないの。両親も口うるさい人たちで、ちょっと関わり合いたくない感じなのよね。成績優秀な子だけに、あまり口を出せないんだけど」

問題児のいるクラスの担任を僕にやれと?

僕は名簿に印字されている『葉月 さくら』という名前を穴があくほど、凝視した

「なんで、辞職したんですか?」

「就職して5年目の女の先生だったんだけど…葉月さんの親に散々、文句を言われたみたいなのよね。絶対に君のクラスに娘はいれさせたくないって、クラス替えをするように学校にも文句を言ってきて。他にも彼女を馬鹿にして授業を受けない子とかもいてね」

「あの…なら、新人教師の僕はもっとキツク言われるんじゃあ…」

「あなたならできるわ」

飯野主任がにっこりと笑った

いや…できるとか、できないとかそういう話以前に、問題のある子は主任が責任もってクラスに入れるのでは?

面倒くさいから、主任も面倒を見たくないってところか?

面倒事は新人の仕事って昔から言うしな

「…わかりました。僕なりに努力させていただきます」

「良かったわ。この学校って、男の教師が少ないから。すっごくありがたいわ」

僕だって好きでこの学校に就職したわけじゃありませんよ

僕は心の中で愚痴った

就職できた高校が、ここしかなかったから、この高校の教師になっただけだ

就職浪人なんてありえないって思ってたから、受かったこの高校に就職したまで

テレビで見るような熱血教師とは僕は程遠いよ

男だからってあまり期待されたくないな