アニマル・コンプレックス



「思わず6000万も払って買ってしまってね」だなんて言われても……。


"世界に1つ"。
その言葉に、また気が遠くなる。


「本当に、帰れないの…?」


不安を声に出したら、情けない涙声になって零れ落ちた。

瞳に張り出した涙の膜のせいで、困ったように笑う彼の表情が歪む。


「……キミは本当に帰りたい?」

「帰りたいに決まってる!!」

「"何処"に、かな?」

「何処って…!」


何処って…そりゃ、家に………。

そこまで考えて、急に靄が掛かる思考。

"家"。
誰にでもある筈のソレだが、果たして私にもあっただろうか?

住む家は確かにあった。
ワンルームの安いマンションに一人暮らし。
両親は離婚していて、お互い共離れて暮らしていた。

離婚の原因は、たしか……私だった。
しかし、その原因がよく思い出せない…。

他の事を思い出そうにも、靄が掛かったように、はっきりと思い出せないのだ。


考えれば考える程、"帰る"場所があるのか分からなくなる。

急に身体が冷えた様な感覚に陥り、涙が乾く。


「、」


涙の開けた視界には、心配そうに覗き込む少年がいた。


……そういえば居たっけ、この人。


「大丈夫…?」


『大丈夫じゃない』と返したいが、渇きすぎた喉が張り付いて声が出ない。

身体の中に渦巻くよく分からない感情に、脚ががくがくと小刻みに震えた。


「…こう言ってはなんだけど。あの書で召喚出来るのは、その世界に執着していない人間のみなんだよ」

「……」

「興味本意で喚んでしまった事は、本当に悪かったと思う」


『まさか、こんなに若い女の子が来るだなんて思いもしなかったけれど』と、彼は銀色の瞳を細めた。

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